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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)675号 判決 1979年3月12日

第七〇二号事件控訴人(第一審原告)

中本静

石橋浪治

高田義盛

横山行雄

第六七五号事件被控訴人、

第一八八六号事件附帯控訴人(第一審原告)

中本ミヨ

右五名訴訟代理人

小池貞夫

外六名

第六七五号事件控訴人、第七〇二号事件被控訴人、

第一八八六号事件附帯被控訴人(第一審被告)

日産自動車株式会社

右代表者

川又克二

右訴訟代理人

橋本武人

外二名

主文

一  控訴人中本静、同高田義盛及び同横山行雄の各控訴を棄却する。

二  控訴人石渡浪治の当審における新請求を棄却する。

三  控訴人日産自動車株式会社の被控訴人中本ミヨに対する控訴を棄却する。

四1  附帯控訴に基づき、附帯被控訴人日産自動車株式会社は、附帯控訴人中本ミヨに対し、金一一一九万九九八九円及び昭和五三年七月以降昭和五四年一月まで毎月二五日限り金一〇万一九八八円を支払え。

2  附帯控訴人中本ミヨのその余の附帯控訴を棄却する。

五  控訴費用は、控訴人中本静、同石橋浪治、同高田義盛及び同横山行雄と被控訴人日産自動車株式会社との間においては右控訴人らの、控訴人日産自動車株式会社と被控訴人中本ミヨとの間においては同控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

<前略>

七中本ミヨに対する定年制の適用

被告会社の就業規則五七条一項には「従業員は男子満五五歳、女子満五〇歳をもつて定年として、男子は満五五歳、女子は満五〇歳に達した月の末日をもつて退職させる。」と定められ、同条二項には定年退職に該当するときは三〇日前に予告する。」と定められていたこと、昭和四八年四月一日被告会社は、右定年年令を男子六〇歳、女子五五歳に改めたこと、中本ミヨは、大正八年一月一五日生れの女子であつて昭和四四年一月一五日満五〇歳に、同四九年一月一五日満五五歳に達したこと、被告会社が昭和四三年一二月二五日中本ミヨに対し、右改正前の就業規則の規定により昭和四四年一月三一日限り退職を命ずる旨の予告をしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

八定年制における男女差別と公序良俗

右就業規則の規定をみると、被告会社の定年制は定年に達したことを理由として解雇するいわゆる「定年解雇制」であると解されるところ、右にみたように被告会社の定年制には定年年令に男女の差別があるので、右定年制が民法九〇条に規定する公序良俗に反しないかどうかを検討する。

全ての国民が法の下に平等で性による差別を受けないことを定めた憲法一四条の趣旨を受けて、私法の一般法である民法は、その冒頭の一条ノ二において、「本法は個人の尊厳と両性の本質的平等を旨として解釈すべし。」と規定している。かくして、性による不合理な差別を禁止するという男女平等の原理は、国家と国民、国民相互の関係の別なく、全ての法律関係を通じた基本原理とされたのであつて、この原理が、民法九〇条の公序良俗の内容をなすことは明らかである。

ところで、女性の職業活動については、夫婦の役割分担に関連して積極消極両様さまざまな評価が行なわれ、被告会社のようにこれを消極的に評価する立場からは、労働条件における男女の差別的取扱自体男女平等の原理に反しないと主張される。しかしながら、夫婦の役割分担とこれに関連する女性の職業活動の是非は、直接的には当該夫婦を中心とする家庭の問題であり、また社会の基礎単位をなす家庭生活の安定と次代の社会の構成員の健全な育成に関心をもつ社会全体の問題であるが、提供される労働力を利用するだけの立場にある企業としては、右の問題につきいずれかの見解に立つて規制する立場にはなく、この問題については社会の実情にそつた国民一般の良識に従うべきものと考えられる。

そこでこの点について検討すると、<証拠>によると、次の事実が認められる。すなわち、女子の生産年齢人口(一五歳以上の人口)のうち収入のため働く必要のある労働力人口は昭和四〇年代においてほぼ半数であり、昭和四九年の場合一九九六万人で、専ら家庭にあつて家事に従事するいわゆる専業主婦の一五五六万人をはるかに上まわつていること、産業構造の変化、単純労働分野の拡大、家庭内の就業機会の減少等に伴つて、女子労働者のうち他人に雇われ賃金で生活する女子雇用者が急激に増加し(昭和三〇年頃の三倍以上)、昭和四九年には全雇用労働者の三分の一に達していること、従来専ら男子の就業分野とみられていた製造業においても、機械化等により女子も担当できること、あるいは女子の方が性格的能力的に向いている業務があること等の理由で女子の就業分野が拡大していること、また女子労働者の年齢をみると、子の出産や育児を担当する年齢の労働力率は女子全体の労働力率より低いが、育児等の負担が比較的軽くなる三五歳以上の労働力率は急激に上昇しており、昭和四九年には女子雇用者中三〇歳以上の者の割合が55.7パーセントに達し、これに伴い女子雇用者中有配偶者の割合は五〇パーセントに、又夫と離別又は死別した者の割合が10.7パーセントにのぼっていること、そしてこれらの事実を背景として、婦人労働者の意識としても、勤務継続の意思のあるものが七五パーセントで多数を占めること、そして世論調査等においては、夫婦の役割分担について、夫は外で働き妻は家庭を守るという伝統的考え方が表明される一方で、育児に余裕ができた結婚後六―一九年の時期の妻などでは、仕事や社会的活動をする妻を望ましいとする考え方が比較的多いこと、以上の事実が認められ、夫婦の共働き自体がすでに社会的な承認を得て定着していることも公知の事実である。右のような婦人労働の実情及び世論調査の結果などを踏まえて考えるならば、社会一般の認識においては、子の出産及び養育を中心とする妻の家事労働に高い評価を与える一方で、経済上の必要及び女性の社会的活動の有用性にかんがみ婦人の職業活動にも相応の評価を与え、妻が職業活動を行なうか否かは、夫婦の責任ある決定に委ねるべきものと考えられているということができる。そうであれば、婦人は家庭に帰るべきものとする考え方の下にその職業活動につき社会的規制を加えることは、わが国の実情に適さず、むしろ、前記の実情からすると、職業の分野への婦人の受入れについて、過渡期にあるための問題があり、又そのための配慮が必要であることはいうまでもないが、基本的には、男女とも同じ職業人として合理的な競争条件の下に平等に取り扱うことが要請されており、企業経営の本来のあり方として、そのような取扱を否定することはできないものと考えられる。

しかして定年制は、労働者に職業生活の中断を強いるものであつて、労働条件のうちで解雇と同様に重大なものであるが、それが通用力を持つのはその内容に平等性があることによるのであつて、理由のない差別はかえつて定年制自体の通用力を減殺する結果を招くのみならず、定年制の内容に適正を欠くと、定年時以前から従業員の職業生活に対する希望と活力を失わせるという弊害を生ずるのであつて、このような定年制の特質にかんがみると、定年制の内容に差別が設けられる場合は、それが社会的見地においても妥当であつて、その適用を受ける者の納得が得られるものであることが、強く要請されるものということができる。

ところで定年制は企業の雇用政策の重要な一環を形成するものであつて、一般的には企業の合理的な裁量による判断を尊重すべきものであるが、すでに検討したとおり男女の平等が基本的な社会秩序をなし、定年制それ自体の性質が右にみたとおりであることを考慮すると、定年における男女差別については、その合理性の検討が強く求められるのはやむを得ないものといわねばならない。

以上検討したところから考えると、定年制における男女差別は、企業経営上の観点から合理性が認められない場合、あるいは合理性がないとはいえないが社会的見地において到底許容しうるものでないときは、公序良俗に反し無効であると解するのが相当である。

被告会社は、種々の理由をあげて、定年の男女差別に合理性がなくとも、その差別は大多数の国民感情に反しないし、公序良俗に違反するものでないと主張するけれども、被告会社のあげる理由によつては大多数の国民が合理性のない定年の男女差別を容認していると認めることはできないし、社会の一部になお男女差別を容認する意見があるとしても、それが故に法秩序の基本である男女平等の原理が否定されるものでもないから、右主張は採用することができない。また、被告会社は、厚生年金保険法が定年年齢の男女差別を公序良俗に反しないものとして肯認していると主張するが、そのように解すべき根拠は認められない。そして被告会社は、労働基準法に女子の保護規定がある以上男子との間に平等の取扱を要求するのは無理であると主張するが、同法の女子保護規定のうち、例えば産前産後の休業などの母性保護規定は、健全な次代の社会の構成員を産み出すという社会の要請に基づくものであつて、このような規定を理由に女子を差別することは法の趣旨に反するものであり、又その他の女子の保護規定も、その規定があることもあつて、女子労働者自身がすでに事実上賃金その他の待遇面で不利益を受けているのであつて、それに加えてさらに定年においても差別しなければならない理由は認められないから、右主張も採用することができない。さらに、被告会社における定年年令の差別は、時差通勤、遅刻早退の特例扱を受けていない女子についても行なわれていて、これらの特例扱と定年差別との間に関連性はないから、この点に関する被告会社の主張も採用することができない。

九被告会社の定年制の合理性の有無

そこで、定年年齢に五歳の差を設ける被告会社の定年制に合理性があるかどうかを検討するに当つて、まず、被告会社における男女従業員数、女子従業員の担当職種及びその男子との比較、女子従業員の担当職務に対する評価、男女従業員の勤続年数、高齢女子労働者の労働能力、賃金体系、女子従業員の場合の賃金と労働のアンバランスの有無及び定年制の一般的現状についてみると、<証拠>によれば、次の事実が認められ、<る。>

1  被告会社の従業員数は、昭和四七年七月末日、現在で男子四万三〇四〇名、女子四六六〇名、昭和四九年九月末日現在で男子五万七六〇名、女子五四七〇名であつて、女子は全体の約一〇パーセント程度であつたこと

2  被告会社の事業は、自動車の生産及び販売を主とするもので、産業の種類としては重工業に属するが、その従業員の職種は、必ずしも重労働に限られず、極めて広範囲の職種があること

3  被告会社の女子従業員の八割は間接部門に、二割は直接部門に属しているが、間接部門における一般的な担当職種は、(1)事務員、(2)キイー・パンチヤー、(3)タイピスト、(4)トレーサー、(5)翻訳者、(6)秘書、(7)電話交換手、(8)看護婦であつて、その他に少数ながら、(9)インテリア・デザイナー、(10)宣伝企画担当者、(11)外国語その他の特殊技能を要する輸出関係担当者があり、直接部門の担当職種には、(12)ベルト・コンベアー・ラインにおいて部品の組付を行う組立工、(13)倉庫での物品の払出業務担当者及び(14)部品の検査等を行なう検査工などがあること

4  右のように女子が、直接部門の組立作業にも従事するようになつたのは、生産工程の技術革新によつて作業が軽労働化され、かつ熟練を要しなくなつたためであるが、このことは男子についても同様であつて、男子従業員のうち圧倒的多数(昭和四七年七月末で四万三〇四〇人中の三万五六二〇人)が従事する直接部門において、往時のような高い技能と長い経験を要する熟練工は比較的少く(昭和四七年七月末において九二六〇人)、高い技能や経験を必要としない単純作業を主体とする職種が大多数を占めること、そして、直接部門の作業の一部には、女性では無理な重い物を持ち上げるものなどがあり、これらの作業は男子が担当しているが、女子、特に中高年の女子の体力程度でも十分適応できる仕事が数多く存在すること

5  次に女子の担当職務に対する評価をみると、被告会社には、職務を一定の評価基準に基づいて格付けした一級から四級までの職級があり、昇給等の査定も職級を基礎として行なわれるが、昭和五一年八月三一日現在間接部門の女子の職級分布は、最下級の一級が58.2パーセント、二級が37.3パーセントと多数を占めるものの、三級以上が4.5パーセント、約一四〇名位おり、そのうち最上級の四級者が、インテリア・デザイナー、宣伝企画担当者、会社所有の病院の婦長など数名いること

6  被告会社においては、女子の在職期間は比較的短く、入社後五年未満で八〇パーセント、一〇年以内に九八パーセント退職するのが実情であつたが、男子についても労働力の流動化が激しく、昭和四六年四月に会社全体で約三〇〇〇名採用されたのが、翌四七年七月現在荻窪工場で残つていたのは一、二名という状況であつたこと、昭和四七年における全国規模の調査によると、女子の平均勤続年数は4.7年、男子のそれは9.2年であること

7  そして男女とも、高令となると筋力などの低下があり、労働能力において今日の企業経営において要求される水準に適応できるか否かが問題となるが、研究の結果によると、一般に人間の作業は、その全能力を発揮することが要求されるものはなく、通常は、能力の五、六割のところで働いているものであり、年令により機能が低下しても、それは漸進的なものであつて、長年携つてきた仕事であれば機能低下を補い仕事に適応することは十分可能であること、他方高令者の就業困難を生ずるはなはだしい重筋労働、知覚の鋭敏さに対する要求の高い作業、スピードの要求される作業、高温その他ストレスの強い環境での作業は急速な生産技術の進歩の過程で解消されつつあること、平均余命の著しい伸長に伴い、男女の稼働可能年令も高くなり(交通事故の損害賠償の実務では男女とも六七歳まで稼働可能とするのが通常である。)、定年年令を六〇歳に引上げるべきことが指摘されてから久しいが、この引上げについて男女間に区別を設けることの必要性が一般的に指摘されることはなかつたこと、女子の労働力率(生産年令人口のうち収入のため働く労働力人口の割合)は、昭和四九年度において全年令で46.6パセントであるが、四〇歳から五四歳で60.4パーセントと高い数値を示し、五五歳から六四歳でも43.6パーセントと二五歳から二九歳までの43.3パーセントをも上まわる数値を示していること、以上のことから、女子であつても通常の職務であれば、少くとも六〇歳前後までは、今日の企業経営上要求される職務遂行能力に欠けることはないものと認められ、前記認定の被告会社における女子の担当職務を考えると、被告会社の場合も右と異らないものと認められること

8  被告会社の賃金体系における昇給は、一律分と査定による考課分とからなり、一律分は、昭和四〇年から四九年までの実績では昇給の一人当り平均額の40.0パーセントから62.6パーセントで、平均56.3パーセントであつた、そして、右一律分がいわゆるベース・アツプに相当するのであり、また、右の期間において消費者物価は二倍を超える上昇をしている一方、同じ期間の労働者の平均賃金の上昇率は四倍に満たないことは公刊の統計の示すところであるから、平均賃上げ額のほぼ半額の昇給を受けただけでは、名目賃金の上昇はほとんど消費者物価の上昇で吸収されてしまい実質賃金は上昇しないこととなるが、この点について被告会社の場合と異なる事情は認められないこと、そして前述の査定による考課分は、従業員の職務、技能、成績によつて決められ、年令及び勤続年数は考慮されないこと、以上のように賃金制度そのものにおいては、年功序列型の賃金体系をとつていないこと

9  しかして、被告会社においては、女子の会社に対する貢献度を男子より低く評価する他に、男子労働者については年令と共に増加する世帯の生計費に応じた年功序列型の賃金を支給する必要を認めて、実際上男女の賃金に差を設けていること、すなわち、初任給において男女間に較差があるばかりでなく、その後の昇給率は男女間に明らかな差があり、女子の場合もともと男子に比べて低い昇給率が、年令が高くなるほど更に低くなる一方、男子の場合は逆に高くなる傾向があつて、女子の中のある者は、前記の一律分の昇給しか受けない者があつたこと

10  定年制の一般的現状をみるに、昭和四五年度の調査によると、男女別に定めているのは24.3パーセントで比較的少いのに対し、男女一律に定めているのが72.1パーセントで多数を占め、さらにこれを企業規模別にみると、被告会社のような従業員五〇〇〇人以上の企業で男女別定年制を設けているのは、わずかに9.4パーセントにすぎないこと

以上の事実が認められる。ところで、定年年令に差別を設ける根本の理由として被告会社が主張するところは、賃金と労働のアンバランスであるが、右に認定したところによると、女子の担当職務は相当広範囲にわたつていて、その中には高度の技能を要するものがあり、又それほど高度の技能は要しないが、従業員の努力と会社側の活用策の如何によつては、経験を生かして会社に対する貢献度を上げうる職種が数多く含まれているのであつて、女子従業員各個人の能力等の評価を離れて、その全体を会社に対する貢献度の上らない従業員と断定する根拠はないものといわなければならない。しかも、右に認定したとおり、男子従業員はともかく女子については、年功序列型の賃金は支給されておらず、被告会社に対する貢献度の如何によつては、実質上昇給を受けられない仕組となつており、現にそのような取扱を受けている者のあることが認められるから、労働が向上しないのに実質賃金が上昇するというアンバランスが生じていると認めるべき根拠はない。そうであれば、被告会社のいう根本の理由自体認めることができない。

次に被告会社は、労働能力からみて五〇歳以上の女子は従業員として不適格であるとか、男女の生理的機能の差異からみて定年年令に五歳程度の差があつても不可とするほどの根拠はないと主張するのであつて、男女の生理的機能の差異を示す資料も存在している。しかしながら、すでに認定したとおり、男女間に生理的機能の差異があるにかかわらず、少くとも六〇歳前後までは、男女とも通常の職務であれば今日の企業経営上要求される職務遂行能力に欠けることはないと認められるのであるから、賃金等で性別によるのでなく各個人の労働能力の差異に応じた取扱がなされるのは格別、一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないものといわざるを得ず、この点においても合理的理由を見出すことはできない。

しかして、すでに認定したとおり、勤続年数においても男女間に大きな差異は認められず、また定年制の一般的実情をみても男女別定年制は少数であつて、定年年令の理由付とするには、ほど遠いものといわねばならない。

さらに被告会社は、男子は一家の大黒柱であるのに、女子は夫の生活扶助者で家庭内で就業する地位にあると主張するが、この主張が必ずしも社会の実情に合致せず、国民一般の認識とも相異するものであることは、すでに認定したとおりである。

以上検討したところによると、被告の企業経営上の観点から定年年令において女子を差別しなければならない合理的理由は認められず、前掲証拠によると、わずかに、定年年令において差別しても被告会社が女子従業員を雇うのに困難を来さないという事情があるにすぎないことが認められる。しかして、このような事情は、女子労働力の需給に不均衡があつて企業側の買手市場にあることの反映であり、このような事情を理由とする差別には一見合理性があるようであるが、前述のとおり男子も女子も同じ職業人であり、その提供する労働の面からみれば、定年の差別をする理由がないのに、労働力の需給の不均衡から生じる経済的優位に乗じて、女子を女子なるが故に差別することは、企業経営の本来の筋道からはずれており、合理性があるとはいえないものである。

以上検討したところによると、本件の定年制は、労働力の需給の不均衡に乗じて女子労働者の生活に深刻な影響のある定年年令について理由もなく差別するもので、企業経営上の観点からの合理性は認められず、また社会的な妥当性を著しく欠くものであるから、法秩序の基本である男女の平等に背反するものであり、公序良俗に違反するものといわなければならない。

従つて、被告会社の就業規則中、女子の定年年令を男子より低く定めた部分は、民法九〇条の規定により無効であると解されるから、中本ミヨが昭和四四年一月一五日に満五〇歳に、昭和四九年一月一五日に満五五歳に達したことを理由とする解雇は、いずれもその効力を生じない。それ故同人は、今なお被告会社の従業員であり、昭和五四年一月一五日満六〇歳に達し、同月末日限り定年を理由として解雇されるまでは、その地位を有するものと認められる。

一〇中本ミヨの附帯控訴について

<証拠>によると、被告会社においては毎月二五日が賃金の支給日であること、中本ミヨの昭和四四年一月当時の賃金額は四万七三一八円でそのうち一万一七四〇円は調整給であり、この調整給は合併に伴う経過的なものであつて昇給の過程で解消されるべきものであつたこと、昭和四四年度から昭和五二年度までの平均賃上額は別表Ⅰの該当欄記載のとおりであつたが、前述のとおり昇給は一律分と査定による考課分よりなり、中本ミヨの昇給は従前平均賃上額に至らなかつたものであつて、同人の賃上額は右の一律分により算定する他ないが、昭和四四年度から昭和四九年度までの右一律分は、別表Ⅲの賃上額欄記載のとおりであり、その後の一律分は従前の平均賃上額と一律分の割合の実績(平均五六パーセント)より推定して同表の該当欄記載のとおりと認められること、被告会社では毎年七月及び一二月に夏季及び冬期の一時金が支給されるが、その支給基準及び算式は、別表Ⅳの該当欄記載のとおりであつたこと、以上の事実が認められ、この認定を左右すべき証拠はない。

そうすると、被告会社は、中本ミヨに対し、被告会社が賃金等を支払わないことが争いのない昭和四四年二月以降、本件口頭弁論終結前である昭和五三年六月までの別表Ⅲ記載の賃金及び別表Ⅳ記載の一時金の合計一一九万九九八九円と、本件口頭弁論終結時においては将来の給付の訴であるが任意の履行が期待できずその請求をする必要があることが明らかな昭和五三年七月以降五四年一月まで毎月二五日限り賃金月額一〇万一九八八円を支払うべき義務がある。

しかして、被告会社は、右賃金等請求権のうち昭和四六年九月一〇日以前の分については、時効が成立していると主張するけれども、右賃金等請求権の基本となる雇傭契約存在確認の本訴が提起されているのであるから、これにより右賃金等請求権についても時効が中断しているものと解すべきであつて、右主張は採用できない。

一一結論

以上認定判断したところによれば、被告会社に退職金の支払を求める中本静及び高田の請求、被告会社との間の雇傭契約の存在の確認を求める横山の請求、並びに被告会社に退職金と損害賠償金の支払を求める石橋の当審における新請求はいずれも理由がなく、前三者の請求を棄却した原判決は正当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、右石橋の新請求はこれを棄却すべきである。また、被告会社との間の雇傭契約存在確認を求める中本ミヨの請求は理由があり、これを認容した原判決は正当であり、被告会社の控訴は理由がないから棄却すべきであり、中本ミヨの附帯控訴は、主文第三項1記載の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

控訴費用の負担について、民訴法九五条及び八九条を適用し、仮執行の宣言については、相当でないのでこれを附さないこととする。

(渡辺忠之 糟谷忠男 浅生重機)

別表ⅠないしⅣ<省略>

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